施設の沿革


 第二次世界大戦後の荒廃の影響は茨城としても例外でなく、多くの戦災孤児・浮浪児を生み出しました。上方ユキ(三代目園長)はそれを見兼ねて、家に一人また一人と連れ帰り、家族と一緒に生活を始め、食糧難の中、気がついたら大所帯になっていました。 昭和27年4月1日、周囲の勧めもあり、県の認可を受け、養護施設窓愛園が誕生したのです。最初は池田三重子(初代園長)の文京町の家の提供を受けスタートし、昭和31年、二代目園長上方進が私財を投じて、当時としてはモダンな立田町園舎が完成しました。それから42年が経過し、4代目園長上方照子の時代には老朽化も進み、また車社会としては狭隘でもありました。現在の建物は、設置者が約1キロはなれた場所に広い土地を提供し、平成9年3月に完成したものです。
 平成8年3月21日、それまでの44年に及ぶ個人事業としての幕を閉じ、社会福祉法人窓愛園として再出発しました。初代理事長に設置者上方仁が就任し、五代目園長を兼務し現在に至っております。

施設の概要


本園
本体施設(定員50名)
敷地面積3804.48 平方メートル
建築構造・面積鉄筋コンクリート造2階建 1459.26 平方メートル
空調設備全館冷暖房(一部床暖房併設)
その他ダムウェーター・ソーラーシステム給湯・大型洗濯機・乾燥機


 市内中心部のやや北西に位置し、六号国道に近く、常磐高速道に10分位で乗れますが、回りには田園が広がり、筑波山が望めます。また、近くに筑波遊歩道が走り、とても環境のよいところにあります。児童の社会性の向上や各学校への通学、図書館や公園などの公共施設の利用、職員の通勤や来客にも、まずまず便利な場所と申せましょう。特に全国的に有名な、土浦の花火大会の際は特等席になります。


分園
地域小規模児童養護施設(ハイム・フィフティ)(定員6名)
所在地土浦市中村
敷地面積564.98 平方メートル
建物構造・面積木造平屋 143.49 平方メートル

窓愛園から車で15分、市内南部の閑静な住宅地にあり、築山のある南庭が自慢です。